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東京高等裁判所 昭和54年(う)1490号 判決 1982年8月04日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官小林久義作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人坂上富男、同大塚勝、同宮里邦雄及び同今井誠共同作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、(一)、被告人らはもともと国鉄の列車の運行阻害を直接の目的として本件ストライキを敢行したものであり、また(二)、実力で砕石取片付け作業を阻止する旨威嚇した結果第一建設と国鉄側は同作業を断念せざるを得なかったものであって、右の事実を基礎にして考察すれば、被告人らの本件行為は単なる労務提供拒否という不作為にとどまるものではなく、本来雇用関係のない第三者である国鉄の列車運行を妨害する意図をもって行われた積極的な加害行為であって、ストライキの本質と手段を逸脱しており、労働組合法一条二項但書にいう「暴力の行使」を伴っているものであるから、被告人らに対しては威力業務妨害罪が成立することは明らかであるのに、原判決が本件を正当行為として無罪を言い渡したのは、違法性判断の基礎となる事実を誤認し、ひいては右法条の解釈適用を誤ったものであるというのである。

そこで、記録及び原審証拠を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討する。

一、はじめに、原判決が、「第二当裁判所の認定した事実」として五項目について、認定している事実は、各項目末に掲げる関係各証拠によりすべてこれを肯認することができる。ただし、本件砕石の取卸しを行ったホキ車は八〇〇型と認められる。右の認定事実を前提として、以下検察官の主張する各点を順次検討する。

二、まず所論(一)についてみるに、原判示の前記認定事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  被告人中野は、全国一般労働組合長岡支部長として同支部に加盟する第一建設の従業員で組織する一建分会を指導する立場から、原判示の経過で、会社側と主としてベース・アップを要求して団体交渉を行って来たが、会社側が既に企業内組合である第一建設労働組合とベースアップについて妥結していることもあって、最終的には、一〇〇円でも二〇〇円でもいいから上積みをして欲しいという被告人側の要求に対しても、これを受け入れなかったところ、組合員のなかには一建分会の組合としての存在価値に疑問を抱く声もみられるに至ったので、被告人中野としては、組合組織を守るため、団体交渉はひとたび決裂したものの、組合員に対する説得材料として何とか右の上積の線ででも妥結にもち込みたいと考え、また組合員のなかには前年の長期のストライキをいとう意見もあったので、従来よりも短期でより効果的なストライキをうつ必要があると判断した。

(2)  被告人中野は、右情勢判断にもとづき、砕石取卸し作業時にストライキを行えば、列車運行に支障が及ぶ可能性があるので、これを会社側が知れば、国鉄から本件工事を請負っている会社としても右のような事態を直ちに未然に防ぐべく必ず団体交渉に応ずるものと予測し、もし会社側がこれに応じれば、会社側の取片付け作業を妨害しないか、或いは直ちに自ら取片付けにかかるなどして事態の解決をはかる意図のもとに、本件ストライキに入った。

(3)  そこで、被告人中野は、本件現場においても藤島主任等に再三本店の労使交渉の担当責任者である佐藤総務部長を呼ぶように強く要求したほか、原判示のように本店に電話して一刻も早く解決するように求めたのであるが、右藤島らが現場における対応に手間どったため、実際に本店の佐藤総務部長に右の連絡がなされたのは、ストライキも終了した午後一時ころであった。

(4)  他方会社側は、前年の例もあるので、一建分会がストライキに入ることはありうると考えていたものの、本件のように列車の運行業務に支障が生じうるような形でのストライキを行うことはないものと事態を楽観して、特に代替要員の手配などを事前に行っていなかったのであるが、当時の会社の国鉄に対する立場からみても、右のような事態を察知すれば直ちに団体交渉には応ぜざるをえない情勢にあったのにかかわらず、その過程で前記のように会社側の現場職員の対応が不手際であったために、被告人中野の案に相違して、予定されていた線路閉鎖時間を超えて列車の運行に現に支障をきたす事態に立ち至った。

(5)  被告人らは、下り列車が下り一番線を通過していったこともあって、列車への影響もさほどではないものと考え、会社幹部への連絡がつき団体交渉に応じる旨の回答があり次第直ちに事態の収拾に入る意図の下に、砕石上の滞留を若干時間なおも続けたが、これは本来の工事のための線路閉鎖時間超過後約三〇分余程度のものであった。

(6)  しかし、原判示のとおり安達駅長から退去を求められ、会社側が手配したとみられる人夫の姿を認めるや、混乱をさけるためもあって、ほどなく全員現場を立ち退き、砕石の山は右人夫らによって何の妨害もなく取片づけられた。

(7)  原判示第二、五のとおり、同日夜佐藤総務部長から被告人中野のところに、団交の再開を求める電話がなされ、その結果、原判示のように被告人中野が見込んだ最終の線で交渉が妥結した。

なお、右事実中、被告人中野の本件争議に対する意図内容については主として被告人中野の供述によるものであるが、他にこれを否定するに足る証拠はないのみならず、同人が一人で本件争議を指導していたことや、前記(3)、(6)、(7)の各事情、及び本件争議に至る経緯などに照らせば、右供述は信用するに足りるものである。

これに対し、検察官がその主張の根拠として挙げている、控訴趣意書第二の1ないし6の六項目の各事実もまた、全て関係各証拠により認められるのであるが、そのうち、被告人らの、列車を停めることが目的である旨の各発言は、本件争議に至る経緯、被告人らの前述のような争議の見通しについての認識、意図、及びそれがなされた状況などにかんがみると、いわば売り言葉に買い言葉ともいうべきものであったと認められ、この片言隻句をもってただちに所論の意図があったとは断じ難く、その余の点も前記認定事実に照らし、特に右の意図を推認させるには十分ではない。

右に認定した各事実によれば、本件現場において、被告人らには汽車をとめるとか実力で阻止するなどのいささか威圧的な言動があったけれども、その真意は、砕石の取卸時にストライキに入り、砕石を取片付けなければ、結果的に国鉄の列車運行の業務に支障が起りうることを認識しながらも、これを会社に対する有効な圧力の手段に利用し、組合の経済的要求を達成しようとすることにあったのであり、会社側の方に当然予想された適切な対応があれば、それに応じて事態収拾を早急にはかる道を残していたものであって、本来の経済的地位の向上という目的とは無関係に、これに名を借りて、会社以外の第三者である国鉄の前記業務を妨害することを直接の目的としたものでなかったことは明らかであり、或いは右業務の妨害を当初から積極的に企図ないし認容し、又は現に支障が生じている事態に立ち至った後もなお、それをよいことにしてこれを積極的に認容して妨害をし続けたとまでは認めることができない。したがって所論(一)は失当である。

三、次に、右の認定事実に照らして所論(二)についてみるに、被告人らには原判示のようにいささか威圧的な言動があり、これに対処した証人藤島正も原審において、険悪な空気であって、関係ない人夫を使って作業をすること自体が危険なふうに感じたので、実際の作業をやらなかった旨述べていることなどをあわせて考えると、多少の問題がないわけではないが、被告人らの意図は、前述のように、被告人らの要求どおり会社に連絡がとられれば当然会社側も団体交渉に応ずるであろうし、そうなれば、右藤島らの作業を妨害しないか、或いは直ちに自ら取片付けるつもりであったのだから、藤島らの作業を最終的に断念させようとするものではなく、威圧にわたるような言動も、右のような意図のもとに、藤島らが会社に連絡をとるまでの間現場に若干時間滞留を持続した事態の中でのものであり、これに、前記のように会社側が代替要員を事前に準備するなど作業を行う態勢を当初から十分ととのえていなかったこと、会社側の現場職員の対応にも不手際のあったこと、藤島ら会社側及び国鉄の職員に対して、被告人らが直接暴行を加えたり、スクラムを組み気勢をあげて阻止するようなことまではしなかったこと、及び被告人らも会社側の人夫の姿を見た後は何の妨害行為をすることもなく立ち退いたことなどをあわせて考えると、被告人らが藤島らの自由意思を抑圧して、実力でその作業を断念させたものとまでは見ることができない。そして右のような状況の中で、右の程度の威圧的な言動があったからといって、これを直ちに威嚇とか暴力の行使と目することはできないので、所論(二)もまた失当である。

四、以上のように所論(一)及び(二)の点について原判決に事実誤認があるとはいえないのであるが、所論はなお、右の二点に加えて、被告人山口の取卸した砕石が、平常作業と異なり、ことさら多量であった旨主張し、原判決が右事実を認めなかったことを事実誤認であるとして原審で取調べた岩村武男の検察官に対する供述調書や当審で取調べた滝野幸雄作成の鑑定書及び同人の証言などを援用しており、これに対し弁護人は、それら証拠の信用性を争い、この点が当審における最大の争点とされてきたのであるが、翻って考えれば、もともと砕石が下り本線と新下り一番線との間に、高さ約六〇ないし九〇センチメートル、巾約二メートル、長さ約三〇メートルの範囲にわたって取卸され、それが下り本線の建築限界に支障をきたしていたことは争いなく認められるところであり、それだけで列車の運行に支障をきたす状況にあったことは明らかであるのみならず、仮りにその量が所論のように平常よりは多量であったとしても、そうすることが本件の共謀の内容をなしていたとか、作業中のホキ車以外の砕石を加えたとかいう証拠は全くなく、関係各証拠上は、偶々被告人山口が被告人中野の姿を認めてストライキに入るものと察知し、取急ぎ砕石を卸ろそうとして、ホキ車に積んであった作業用の砕石を全部現場に取卸したことが認められるにすぎないのであって、これが本件争議行為の全体的な評価を一変させるようなものとは到底いえないのである。従って、所論はこの点でも失当であるというほかない。

五、以上の認定事実をもとにして本件争議行為の違法性の有無について検討する。

(一)  本件争議行為は、前記二で述べたように、民間企業内における争議行為としてあくまでも経済的地位向上を目的としたものであって、国鉄の業務阻害を直接の目的としたものではなく、また争議行為に名をかりたものでもないことが明らかであるから、被告人らの行為を、この点から違法とすることはできない。

(二)  次に本件争議行為にあっては、前記三で述べたとおり、被告人らが会社の現場職員らに暴行、脅迫を加えるなどの暴力を行使し、その自由意思を抑圧して作業を断念させたものとは認められないから、被告人らの行為をこの点でも違法とすることはできない。

(三)  次に、本件争議は第三者である国鉄の業務を積極的に阻害するもので争議手段の相当性を欠く旨の所論にかんがみ、本件争議行為の手段の相当性について考えてみるのに、本件のように鉄道線路上に砕石を取卸し、これを取片付けないまま放置することは、外形的には刑法一二五条の汽車、電車の往来危険罪という重大な犯罪に該当するおそれがあるのみならず、第三者である国鉄の業務を妨害し、列車の運行に一般的な危険を及ぼすものであるから、被告人らがストライキに入ることによって会社側に対しては労働法上労務提供の義務を負わなくなるにしても、それが社会一般の法秩序にてらしてもなお相当といえるかどうかについて検討を要するものであるが、もともと本件会社は国鉄の軌道工事の請負などを業とするもので、当時国鉄から請負って本件現場の新旧下り一番線切り換え工事をしていたものであり、本件ストライキはそのような状況の中で行われたものであったこと、被告人らはその速かな解決を期待し、前述のように、会社側が事態を知れば直ちに団体交渉には応ずるであろうし、そうなれば会社側の作業を妨害しないか、或は自らでも取片付けを行う見通しのもとに、再三にわたり現場の会社側職員に対し事態を早く幹部に連絡するよう強く要求していたこと、一方会社側の対応は、当初事態を軽くみてストライキを事前に十分予測しておらず、現場での会社側による作業態勢もととのっていなかったため、現場からの連絡の不手際もあっていたずらに時間が経過したものであり、その態勢もほどなくととのい、最終段階では代替作業が可能になったこと、などのほか、当時下り本線は線路閉鎖中であり、かつ列車は現実には下り一番線を使用して運行したため、原判示程度の運行遅延は生じたものの列車運行上の切迫した危険はなかったこと、などの事情が前記認定事実から明らかであるので、これらの状況を考え合せてみると、本件ストライキによって、結果的に第三者である国鉄の業務に影響するところがあったけれども、社会通念上、一般の法秩序にてらしてもなお手段の相当性を欠くほどの非常識なものであったとは認められないので、この点からも本件争議行為を違法視することはできないのである。なお、原判決がストライキによる労務提供の拒否を違法とするのは、列車の脱線、転覆等乗客の生命、身体に脅威を及ぼす事態の発生する現実的な危険があるなどの場合に限るかのような判断を示しているのは、早計のそしりを免れないが、この点は右の結論に影響を及ぼすものでない。

六、その他所論の指摘する点を含めて検討してみても、本件争議行為が違法であるとは認められないので、被告人らの行為によって、国鉄の線路切り換え工事を請負っている会社が時間内に作業完了の責を果せず、結果的に国鉄の業務に支障をきたしたとしても、被告人らの行為を違法視することはできず、これを全体的にみて正当行為としてとらえ、国鉄に対する威力業務妨害の罪につき無罪とした原判決は、結局正当であり、論旨はすべて理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田穰一 裁判官 神垣英郎 原田國男)

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